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風神鎮塚

ふうじんちんづか

心霊現象

善之進の呪い、交通事故

周辺住所

高知県高岡郡津野町北川2281(付近)

表記されている住所は確定ではない場合もありますので、マップのピンを目的地に指定して下さい。

心霊の噂

善之進の祟りを鎮めるために建てられた『風神鎮塚』、1775年に起きた大規模の農民一揆の首謀者であった中平善之進は処刑されたのだが、その時突如暴風雨になり善之進の祟り、呪いだと騒がれ恐れられた。

1886年に起きた津野山郷の大暴風雨も善之進の祟り、呪いだと恐れられ翌年の1887年に善之進の祟りを鎮めるための塚を建てた。

しかし、善之進の呪いは止める事なく塚周辺では突然の突風が吹いたり、その突風の影響からなのか交通事故が多く起きてると言う。

 

昭和52年(1977年)、国道197号線の拡幅工事の際に1つの塚が移動されることとなった。

ショベルカーが塚の下を掘っていくと、供養のために埋められた壷がいきなり勢いよく飛び出てきたという。

しかしその壷は地面に落ちても壊れることなく、むしろショベルカーの方が原因不明の故障で修理不能の状態になったのである。

この曰く付きの塚が風神鎮塚である。

この塚に祀られているのは、中平善之進。梼原村庄屋として「津野山騒動」と呼ばれる百姓一揆の主導者となり、後に義人と讃えられた人物である。

土佐藩は財政建て直しのために、宝暦2年(1752年)に特定の問屋を通じて商品作物を買い上げる専売制を導入する。

津野山地域を扱う問屋の蔵屋利左衛門は、その専売制を悪用して作物を安く買い叩いて私腹を肥やした。

その不正を藩に訴え出ようとしたのが善之進であった。

密告によって捕らえられるも、蔵屋との論戦の場を与えられ、それを論破した。蔵屋はこれによって処刑されたが、善之進も一揆を引き起こそうとした罪を問われて、宝暦7年(1757年)7月26日に打ち首となった。

ところがその日から高知城下を暴風雨が襲い、7日間に渡って嵐が吹き荒れ、人はそれを中平善之進の祟りであるとして「善之進時化」と呼んだという(この時に高知城天守閣が倒壊したという話があるが、実際にはそのような記録はない)。

さらに時を経て明治19年(1886年)に、今度は津野山一帯を豪雨が襲い、これも善之進の祟りであると住民は恐れ、翌年に建てたのが風神鎮塚なのである。

即ち“風神”とは、暴風雨を引き起こし祟りをなす中平善之進のことを指しているのである。

日本伝承大鑑

 

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