心霊現象
落ち武者の霊、白い女性の霊、松葉杖をついた霊
周辺住所
群馬県高崎市箕郷町東明屋676(付近)
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心霊の噂
戦国時代中期に長野業尚が築城した城『箕輪城跡』、長野業尚の孫にあたる長野業正は関東管領山内上杉家を後ろ盾に箕輪衆と呼ばれる在郷武士団を束ね、長野氏全盛時代を築いた。
長野業正が没すると子である当時17歳の長野業盛が家督を継ぐのだが、長野業正の死を知った武田信玄は西上野への侵攻を開始し、最終的には武田軍は箕輪城に2万の大軍による総攻撃を仕掛け落城させた。
長野業盛は一族郎党と共に自害した。
享年23歳。
武田信玄の家臣、甘利昌忠、真田幸隆、浅利信種などが城代となるが、天目山の戦いで武田氏は滅亡すると織田信長の家臣である滝川一益が上野一国を拝領し箕輪城を接収する。
本能寺の変で織田信長が倒れると今度は北条氏政とその子北条氏直の大軍が上野国に侵攻し、神流川の戦いで滝川一益を破ると北条氏政の弟である氏邦が入城した。
豊臣秀吉の時代になると小田原征伐で前田利家・上杉景勝連合軍の攻撃により開城し、関東に入封した徳川家康は箕輪城を井伊直政に与え、近代城郭に改造したが高崎城に移封され廃城となった。
箕輪城の奪い合いに多くの武士の血が流れた歴史ある場所である。
心霊の噂は落ち武者の霊や白い女性の霊が目撃されているが、頻繁に目撃されているのが松葉杖をついた霊らしい。
心霊気違が調査に行った時には群馬の赤城おろしと思われる強風の中での調査となったが、心霊と思われる現象は何も起こらなかった。
危険度レベル
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