住所
京都府舞鶴市鹿原595
詳細情報
参拝時間 | 9:00~16:00 |
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寺務所/授与所 | |
電話番号 | settings_phone0773-621-180 |
ホームページ | |
御本尊 | 波切不動明王 |
山号 | 鹿原山 |
院号 | 金剛院 |
宗派 | 真言宗東寺派 |
開山・開基 | 真如法親王 |
創建時期 | (伝)829年 |
金剛院の宗派(真言宗東寺派)
真言宗東寺派の歴史は、教王護国寺(東寺)の開創に始まる。823年(弘仁14年)に教王護国寺は嵯峨天皇から空海に下賜され、真言密教の根本道場となった。以降、江戸時代まで、教王護国寺は真言宗の長者寺としてその役割を果たしてきたが、明治時代に入ると、明治政府の宗教政策により、真言宗は、古義真言宗・新義真言宗各派が合同することとなり、1879年(明治12年)に教王護国寺を総本山として合同する。管長を古義派(金剛峯寺・教王護国寺)と新義派(智積院・長谷寺)の4寺院から互選することとなり、教王護国寺は管長を選出する四本山の一つとなった。しかし、反発も多く、多数の寺院が離脱していくなかで1901年(明治34年)に教王護国寺は、真言宗山階派・真言宗小野派・真言宗泉涌寺派とともに四派聯合を形成していたものの、最終的にはそれも分裂し、1907年(明治40年)、教王護国寺を総本山とする真言宗東寺派として独立し、真言宗は解体された。1941年(昭和16年)3月、古義真言宗・新義真言宗系の宗派が政府の政策によって合同し、大真言宗が成立する。戦後、大真言宗から、1946年(昭和21年)2月に真言宗東寺派と旧称に復して独立した。1952年(昭和27年)9月3日に宗教法人認証。しかし、1963年(昭和38年)に、教王護国寺を中心とした宗派の形態に復帰することを目的に、真言宗東寺派から東寺真言宗が分派独立することとなった。1974年(昭和49年)10月25日に認証された。
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