住所
宮崎県串間市串間1410
詳細情報
参拝時間 | 自由 |
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社務所/授与所 | |
電話番号 | settings_phone0987-67-5199 |
ホームページ | https://www.kushima-jinja.jp/open_in_new |
主祭神 | 彦火火出見尊、杖立大明神 |
創建時期 | 創建不明 |
串間神社のご由緒
当社の主祭神は彦火火出見尊、外に十二柱の神々を祀るためかつて「十三所大明神」と称しておりました。「神名録」では当社を”山幸彦(主祭神の別名)が猪、雉などの獲物の多いこの地を狩場として笠狭の宮から通われた仮宮所で穂穂宮と称し、その宮跡を斎き祀った”と伝えております。また詳細は消失しているものの「高鍋藩寺社帳」に依れば、”桓武天皇の時に平安京の朱雀院に鎮座し、その後、順徳天皇の時に当地に安置した”とも言われております。正平十四年(1359)には野辺盛房が十三所大明神の社殿を再興、その後応仁元年(1467)・永正十二年(1515)・天文十三年(1544)と相次いで島津氏により再興されたことが記録にあり当時からの興隆が伺えます。そして永保六年(1563)には領主島津忠親の奏請に依り神階宣下勅額を賜り、以降藩主、世々、福島総社として尊崇されました。秋月領となっても元和七年(1621)から慶應二年(1866)まで再興が続いております。而して、明治維新後は専ら福島、北方、大束、本城、都井、市木六ヶ町村の氏神として、護持運営されました。明治五年(1907)には旧六ヶ町村の出資により社殿を改築されましたが、老朽化し損傷が激しく御接遇出来ない状態にあり、時あたかも平成元年が串間市制三十五年の記念すべき年を迎えるにあたり奉祝記念事業として、昭和六十三年(1988)六月改築奉賛会を設立。平成元年(1989)六月工事に着工、同年十月竣工をなし、農業の神、安産の神、学問の神、商工の神として、多くの崇敬を受けております。
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