基本情報
- 住所
- 徳島県徳島市寺町17
- 本尊
- 十界大曼荼羅御本尊
- 建立・改宗
- 1575年
- 公式サイト
- 公式サイトを開く
- 参拝時間
- 7:00~17:00
所在地マップ
善学寺の宗派(日蓮宗)
日蓮宗は、鎌倉時代の僧・日蓮聖人を宗祖とし、『妙法蓮華経(法華経)』を根本の経典とする仏教宗派で、山梨県南巨摩郡身延町の身延山久遠寺を総本山とする。
日蓮は1222年(貞応元年)、安房国長狭郡東条郷、現在の千葉県鴨川市に生まれた。幼くして清澄寺に入り、その後は比叡山をはじめ各地の寺院で仏教を学び、釈迦の教えの中でも『法華経』こそが人々を救う最も重要な教えであるとの確信に至った。
1253年(建長5年)4月28日、日蓮は清澄寺の旭ヶ森で「南無妙法蓮華経」のお題目を初めて唱え、法華経の教えを広めることを宣言した。日蓮宗ではこの日を「立教開宗」の日としている。
日蓮はその後、鎌倉を中心に布教活動を行い、1260年(文応元年)には『立正安国論』を鎌倉幕府に提出した。法華経の教えに基づいて人々が正しい信仰に帰依することが、社会や国家の安泰につながると訴えたが、その活動によってたびたび迫害を受け、伊豆や佐渡への流罪など数々の法難に遭った。
1274年(文永11年)、日蓮は信徒であった波木井実長の招きによって身延山へ入山した。同年、身延山に草庵を構え、法華経の読誦や著述、弟子たちの教育に専念した。1281年(弘安4年)には本格的な堂宇を建立し、自ら「身延山妙法華院久遠寺」と命名した。
翌1282年(弘安5年)、病気療養などのため身延山を離れた日蓮は、同年10月13日に武蔵国池上、現在の東京都大田区において61年の生涯を閉じた。遺言に従って遺骨は身延山へ奉ぜられ、現在も久遠寺の御廟所に祀られている。
日蓮の入滅後、その教えは弟子や信徒たちによって各地へ広められた。なかでも日昭・日朗・日興・日向・日頂・日持の高弟は「六老僧」と呼ばれ、それぞれの門流が形成されていった。その後、日蓮門下からはさまざまな宗派や教団が生まれることになる。
日蓮宗では「南無妙法蓮華経」の七文字を「お題目」と呼び、これを唱える「唱題」を重要な修行としている。法華経の教えを信じ、日々の生活の中で実践することを重視している。
現在の日蓮宗は身延山久遠寺を総本山とし、宗祖日蓮聖人から受け継がれた法華経とお題目の教えを全国の寺院で伝えている。
善学寺の宗派(日蓮宗)
日蓮宗の寺院です。宗派の教えや成り立ちについて、要点を紹介します。
日蓮宗について詳しく見る
日蓮宗には宗派として受け継がれてきた教えや歴史があります。寺院ごとに由来・行事・信仰の特色が異なるため、この欄では宗派そのものの概要を紹介します。
この寺院固有の沿革や由来については、上の「ご由緒」と基本情報をご覧ください。