お祓い・ご祈祷の対応状況
基本情報
- 住所
- 秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢97
- 主祭神
- 天照皇大神、豊受姫命、天津彦火瓊瓊芸命、豊玉毘女命、少彦名命、武甕槌命,、伊邪那岐命、大山咋命、塞神三柱大神、大名持命
- その他の御祭神
- 天照大御神、豊受大神、豊玉毘女神、少彦名神、大山咋神、大名持神、塞神三柱神
- 創建
- 景行天皇の頃
- 例祭日
- 例祭7月16日。1月3日の柴灯祭、なまはげ柴灯まつり、お山かけなど男鹿の山岳・修験・ナマハゲ文化と深く関係
- アクセス
- 秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢97
- 公式サイト
- 公式サイトを開く
- その他の祈願
- 安全祈願を確認。歴史資料では海運祈願・家内安全、柴灯祭では五穀豊穣・海上安全・悪疫退散を祈願
- 初穂料・祈祷料
- 要問い合わせ
- 出張祭典・出張祈祷
- 要問い合わせ
- 参拝時間
- 自由
- 社務所・寺務所
- 8:30~17:00
所在地マップ
真山神社のご由緒
真山神社は、秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢に鎮座する古社で、主祭神として天津彦火瓊瓊杵命と武甕槌命を祀り、合殿には天照大御神、豊受大神、豊玉毘女神、少彦名神、大山咋神、大名持神、塞神三柱神を祀っています。
社伝によれば、第12代景行天皇の御代、武内宿禰が北陸・東方諸国を巡察した際に男鹿へ下向し、湧出山と呼ばれていた現在の真山へ登って天津彦火瓊瓊杵命を勧請したことが始まりと伝えられています。古くは「真山赤神神社」と称し、中世以降に男鹿を支配した安東氏、のちの佐竹氏からも崇敬を受けました。安元年間には安部季治朝臣から社領130石が寄進されたと秋田県神社庁に伝えられています。
男鹿三山の真山・本山・毛無山一帯は、神仏習合の時代に山伏が修行する修験の霊場として発展しました。本山から真山を経て真山神社へ至る約11kmの道は修験者が歩いた道で、現在も「お山かけ」と呼ばれています。真山神社で安全祈願の祈祷を受けてからお山かけへ向かう行事・企画も行われており、山岳信仰の伝統が現在まで受け継がれています。
明治3年(1870年)に真山神社へ社号を改め、明治14年(1881年)7月5日に県社に列しました。境内の五社殿は、かつて五つの社があったものの火災で焼失し、その後一社にまとめて建立されたと伝えられています。江戸時代後期の建築とみられ、内部には文化元年(1804年)を最古とする落書きが残ります。そこには舟人による海運祈願や地域住民による家内安全などが見られ、当時の信仰を伝える資料となっています。
真山神社は「男鹿のナマハゲ」とも深い関係があります。毎年1月3日の神事「柴灯祭」では、境内で柴灯火を焚き、焼いた餅を山の神鬼へ捧げ、五穀豊穣・海上安全・悪疫退散などを祈ります。柴灯祭は長治年間(1104~1106年)に始まったとする伝承があり、近世の記録にもその様子が残されています。現在の「なまはげ柴灯まつり」は、この真山神社の柴灯祭と男鹿の民俗行事ナマハゲを組み合わせた冬の行事です。
このように真山神社では、安全祈願、歴史的には海運祈願・家内安全、柴灯祭では五穀豊穣・海上安全・悪疫退散が確認できます。一方、今回確認した神社庁・公的資料では、除霊、憑き物祓い、霊障相談、因縁祈祷という名称での受付は確認できないため、これらは対応ありとはせず未確認とします。